今敏監督「パプリカ」感想

こんにちは。ふつらです。

某映画配信サービスの30日間無料キャンペーンが終わりそうなので、映画を毎日のように観ています。
今日は今敏監督の「パプリカ」を鑑賞しましたが…これは…

ただただ、傑作。

以下、ネタバレを含みます。個人的には、まったく事前知識のない状態で観るのがおすすめなので、できれば観てから読んでください。本当にお勧めです。

このパプリカという映画、夭逝された今敏監督が手掛けた最後の長編映画だったそうです。今ご健在であったなら、どんな映画を製作されていたのでしょう。
原作は筒井康隆氏。「時をかける少女」などが代表作のSF作家です。

さて、まずあらすじを整理します。
最初は、パプリカと呼ばれる赤髪の美女が刑事の粉川にサイコセラピーを行っているシーンから始まります。時田研究員が発明した、DCミニという他人の夢を共有する装置。それを使って、神経症などを治療することができる。その実験段階として、粉川刑事のトラウマを治療しようとしているのです。ただ、DCミニはまだ開発途中で、一度使用すると誰の夢にも侵入することができてしまうという欠陥がありました。
そのDCミニが何者かに盗まれ、複数の研究員が発狂したようなふるまいを見せるようになります。夢や無意識に侵入されたら甚大な被害から逃れられない。パプリカでもある千葉研究員らは犯人を捜しますが、次第に夢が現実とまざり始めます。
最終的には夢と現実は再び分離されるのですが、その間にそれぞれの登場人物が、今まで遮断して見ないようにしてきた自分自身と戦い、認め、受け入れていく姿が描かれます。

私がまず圧倒されたのは、夢の世界の描写です。
夢の世界は、大きく分けて2種類描かれます。ひとつは粉川刑事の夢。そしてもうひとつは多くの人々の「夢の集合体」です。例のパレードです。この夢、あまりにも「夢らしい」のでぎょっとしました。唐突な場面の遷移、脈絡があるようでないような、つかみどころのない世界。まるで本当に、自分が夢を見ているよう。あのパレードの夢は、「集合体」という発現から察するに、誰かひとりの肥大した自我から生まれたというよりは誰もに通底する集合的無意識からできてきたもの、と考察するほうがしっくりくるかもしれないですね。人形や蝶というのも示唆的です。蝶は死者の使いという考え方もありますし、「向こう側」というのが夢だけでなく死後の世界も含んでいるのかもしれません。この作品は、ユングフロイトから多くの影響を受けているように感じました。

粉川刑事の夢は、彼のトラウマに立脚した筋書きになっています。そのトラウマというのは、彼が学生時代の夢:映画監督になるという夢を諦めたこと。そしてともに夢を目指そうとした親友が死んでしまったことで、彼を裏切ってしまったように感じていたのでは、と考えています。「17歳」「映画」「自分を殺す」など、場面が進むにつれてヒントが出てきますね。

粉川刑事は、そのトラウマが作中で克服すべきものでした。ほかの登場人物はどうでしょう。千葉さんはわかりやすいですね。夢の中の人格である「パプリカ」とは対照的に、素直になれない、責任などを重視して無邪気でいられない自分。「大人なんだから正しくあるべき」と、子供らしさへの憧れを押し殺して生きています。そして、正しい彼女が絶対に正しい。だからこそ、子供のようなパプリカを受け入れられなかったのですが。そんな彼女も、無意識と意識を行き来して交流していくうちに、パプリカが自分自身の一部であると受け入れ、素直になることができました。時田さんを好きでいたのも、無邪気さへの憧れもあるのではと思っています。私は最後にパプリカは消えてしまうのではないかと考えていたのですが、手紙を見るとそうでもなさそうでした。最初の一歩を踏み出したということかもしれません。
時田さんが乗り越えるべきものは、「自分のやりたいことだけに熱中して、やるべきことから逃げる」という彼の弱さでした。彼は無意識と対話するというよりは、千葉さんに𠮟咤激励されて覚悟を決めたように見えましたが、どうだったのでしょう。

粉川刑事、千葉さんに共通する成長と、作品全体に通底するメッセージ。それは、粉川刑事の「嘘も真も」大事にする、という一言に凝縮されているのではと思います。パプリカと千葉さん、どちらが本物でどちらに属しているなんてことはない。現実と虚構、どちらがどちらかなんてわからないわけです。そして、それらは陰陽のようにバランスを取り合っている。作中によく出てくる蝶は、そういった意味で「胡蝶の夢」を示唆しているとも取れますね。

個人的には、小山内さんが無事でいてほしいです…彼の劣等感、どれだけ頑張っても天才に及ばず、想い人には見向きもしてもらえない彼をどうしても憎むことができません。蝶の標本部屋での彼は明らかに異常で、彼の歪んだ心理が垣間見えましたが、それも上のような苦しみゆえなのではと妄想してしまいました。幸せになってね…。

以上、感想でした。きっともう数回観ないと気付ききれないだろうなと思うくらい、重厚な暗喩にあふれた素晴らしい作品でした。観ていない方はぜひ観てみてくださいね。

それでは。